幻覚ピカソ 古屋兎丸

幻覚ピカソ最終巻発売。オカルトのいくつかについて種を明かし、伏線を回収して綺麗に終わった。ピカソの能力はガチだったようだが、ああいった通過儀礼を経て本人の心が封印したのだろう。
後書きで『だって僕「ガロ」デビューですよ』『決して一般受けしないような漫画を描いてきた』と、マイナー漫画家という自己像を明かしたことが意外に聞こえた。いや、それが嘘だというわけではない。マイナー誌での活動が多かったのは事実だし、作風についても人間のネガティブな心理をテーマに据える傾向がある。
しかし自分がマイナー雑誌の作家という看板に持つイメージ、すなわちメジャー誌では掲載がためらわれるような偏った作家性、を古屋兎丸が備えているとは考えていない。むしろ不器用なまでに王道の漫画家である。古屋兎丸ベルセルク三浦建太郎と同じカテゴリの作家と捉えている。「なるほどな」と納得することはあっても、「そう来たか」と驚嘆することは滅多にない。想定の範囲内で進む物語を、馬鹿正直な丹念さで描き続ける、そういう類の作家である。その職人ぶりは素晴らしいと思う。
その一方で、例えばヤバいものを見ちゃったなというような人の深淵を覗き込む怖さ、己の情念をキャラクターに乗せて読者の意識を乗っ取るような圧力、理屈は通らないのに何かの真理に触れたような錯覚などを生じることはない。テーマを見る限り本人はそういったものを志向しているはずなのだが、どうにも健全にまとまってしまうのである。
おそらく漫画家の基準としては相当誠実な常識人なのではないか。しかし芸人などもそうだが、皮肉なことに、性格の破綻した周囲に迷惑をかけ続けるような人が読み手の想像をあっさり踏みにじる傑作をものにしたりする。
いちゃもんついでに絵についても言及すると、古屋兎丸の画面は整いすぎて中学・高校の美術の時間を思わせる。アクションの場面が静物画のようで躍動感に乏しい。きちんと描いているだけにどうにももどかしい。
それでも自分が古屋兎丸を好きなのは、そういう限界の中で可能な限り読者を楽しませようと手を尽くしているのが感じられるからだ。この作品も言ってしまえばテーマはありきたりだが、読者の記憶に残り、後日「こんな漫画があったね」と語られるだろうと思う。ジャンプスクエアで次の連載も決まったようだし、インノサンの下巻も期待して待ってます。

幻覚ピカソ 3 (ジャンプコミックス)

幻覚ピカソ 3 (ジャンプコミックス)